聖パンクラチオ殉教者(289?-304)トルコ生まれ。
ローマ市民権を持つ貴族の両親のもとに生まれ、叔父に引き取られたのち、ローマに移り住み、そこで受洗した。
ディオクレティアヌス帝下の迫害で捕らえられる。年若い貴族の少年を惜しんだ皇帝に棄教を勧められるが、かえってローマの神々を批判したため、皇帝の怒りを買い、斬首されたという。
500年、聖シンマクス教皇は、その遺体を埋葬したカタコンベの上に、聖パンクラチオを崇敬する教会を建てた。
「私はあなたがたを友と呼ぶ。父から聞いたことをすべてあなたがたに知らせたからである。」(ヨハネ15・15)
聞いただけでまだ悟っていなくとも、主は私たちのことを友として扱って下さいます。
私たちへの期待を込めたその豊かな愛に、感謝致します。