アーシア・ビビ、『ここから私を出して!』

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アーシア・ビビ讒言のために牢に入れられているカトリックのパキスタン人女性アーシア・ビビの手記『ここから私を出して!』がスペインで出版されました。

今もなお信教の自由がなく苦しんでいる人びとのために祈りたいと思います。
どんな宗教の人も共に笑顔で過ごせる世界となりますように。

尾崎神父様(オプス・デイ)の翻訳でお届けします。

(Zenitの記事はこちらです http://www.zenit.org/article-41694?l=spanish

 

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【マドリード、2012年3月12日。(ZENIT.org) 】

このたび、2010年11月に冒涜の罪で死刑判決を受けたパキスタン人のカトリック信者アーシア・ビビの独房生活を綴った『ここから私を出して!』が出版された。
スペインで行われたその発表の席で、アーシアとの共著者となったフランス人ジャーナリスト、アンヌ・イサベユ・トレは、フランスはアーシアが釈放されればすぐに彼女とその家族を政治的亡命者として受け入れる用意があると宣言した。

彼女はアーシアたちが釈放後即座に出国させねばならない、つまり監獄から空港に、空港からフランスに寄り道を一切せず移動させねばならないと強調した。なぜなら、ビビは監獄内にいる方が外に出るより安全だからである。というのは、イスラム教の指導者たちが彼女を断罪したのを受けて、処刑を行おうと待ち構えている多くの狂信者がいるからで、それはビビの人権を主張したパンジャブ州知事サルマン・タシールと少数民族大臣シャバズ・バティの惨殺を見るとで、決して脅しで済むものではない。

NGO「苦しむ教会への援助」(*)の協力を得て、Libroslibres社から出版されたこの本『ここから私を出して!』の発表会において、共著者のアンヌは自分がどのようにこのドキュメンタリーを書いたかを説明した。彼女は、アーシアの夫のアシクと一緒に牢獄を毎週訪問した。面会の場につくと、アンヌがアシクにした質問をアシクが妻にし、それに彼女が答えることを、アンヌは即座に書き留めていった。夫婦は共に読み書きができないからである。

アーシア・ビビは、農村の素朴で文盲の主婦である。このような目に会うとは夢にも思わなかった平凡な農婦である。数人のイスラムの女性から、ムハンマドに対して冒涜を吐いたと虚偽の訴えをされ、死刑判決を受けて絞首刑の日を牢獄で待つ羽目になろうとは。

記者はアーシア・ビビの言葉を使って、彼女がどうしてこんな目に会うことになったか、狂信的イスラム教徒の中になんと激しい憎悪を引き起こしたか、彼女に対する訴えは明らかに政治的なものであること、大統領からの恩赦を空しく待ちながら過ごす牢獄での生活を描いている。

無数の著名人が彼女のために声を上げた。その中にはアメリカの国務長官ヒラリー・クリントンや教皇ベネディクト16世もいるが、またその発言のため命を失った人もある。それがパンジャブ州知事サルマン・タシールと少数民族省の大臣シャバズ・バティである。

本には、教皇が彼女について触れられたことを知ったときのアーシアの反応が書かれている。「ベネディクト16世教皇様がイタリアのサンピエトロ広場であなたについてお話になった」と言われたとき、彼女は信じることができなかった。「信じられないわ。教皇様が私のことをお話になったなんて」

教皇は「私はアーシア・ビビとそのご家族のことに思いを巡らします。一刻も早く彼女が自由の身になるよう頼みます」と言われた。また、しばしば暴力と差別の犠牲者になっているパキスタンのキリスト教徒全体のためにも祈ると付け加えられた。

「独房に戻っても私は夢見心地でした。教皇様、パパ様が私のことをお考えになって、私のためにお祈り下さるとは。こんなに名誉なことに私がどうして値するのか、と自問しました。どうして私が、と。私は貧しい農婦に過ぎず、この世界には疑いなく私よりももっと苦しんでいる人があり、もっと助けを必要としている人がいるはずです。私は牢屋に入ってから初めて心安らかに眠りました」

しかしながら、牢獄で伝えられるニュースには辛いものもあった。ある日、イスラム教徒の看守がこう言った。「おまえの天使はおまえのせいで殺害されたぞ。あのイスラムの裏切り者、おまえの愛すべき知事サルマン・タシールは今は血の海のなかで横たわっている。おまえを弁護したかどで、イスラムバードで25発の弾丸を身に受けてな」と。
「私は心が張り裂けんばかりになり、体は震え、涙が止めどもなく流れました。神にどうしてですかと問いました」とアーシアは語る。

ビビは監獄の中でパキスタンのキリスト教徒の現状について、絶えず考え続けている。「もしイスラム教徒から、おまえはアラーとムハンマドを信じるかと問われたら、キリスト教徒はどうすればいいのでしょうか。私はイスラム教を尊重します。しかし、この質問には何と答えたらいいのでしょう。もし私はアラーではなく、神とイエス・キリストを信じますと答えれば、私は冒涜罪で訴えられます。もしアラーを信じますと答えれば、イエス様を3度否んだ聖ペトロと同じく裏切り者になってしまいます。このような問は、以前は考えたことがありませんでしたのに」
「私は自分の意志に反して、反冒涜法の戦いの旗印のようになってしまいました。人びとの攻撃は私に向けられていますが、本音はこの法律を誰にも反対されないようにしたいのです。知事の殺害以降、そうなってしまったようです」

その後もまたおぞましいニュースが届けられた。それは「シャバズ・バティが、3日前の殺害された」というものであった。「その時私は体の中から誰かが私の心臓をグイと締め付けたように感じました。金縛りにあったようになり、足が動かなくなり、枕の下に頭を隠しました。激しい動悸がしました。……私はあまりにも長い期間、目を覚ましながら悪夢を見ています。私の心臓を動かしていた最後の希望が大臣の死とともに消えてしまいました。大臣は自分が脅迫されていることをご存じでした。……新聞は大臣が州知事と同じように、命の危険に晒されていると言っていました。……私はこのような不正を前に、ずたずたに引き裂かれたように感じます。・・大臣は殉教したのです」

しかし、驚くべきは、この一見弱々しく見える女性の勇気と抵抗力である。彼女は周囲の誘いに応じてイスラム教になると言うだけで、これらすべての災難を避けることができるのだ。

彼女は毅然として言う。
「私は命が続く限り、サルマン・タシールとシャバズ・バティの死を無駄にしないように戦います。政府が、たとえ私を墓に閉じ込めたとしても、私は心臓が動く限り声を上げ続けるでしょう」と。
この悲惨な話しの最後に、彼女の読者への呼びかけが載せられている。「あなたは私の物語を読んでくれましたね。……今は私のことをご存じです。そこで周囲の知り合いにこの話しをお伝え下さい。世間に知らせて下さい。それが、私が牢獄の片隅で死なないための唯一の方法かと思います。そうして下さい。私を助けて下さい」

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* 「苦しむ教会への援助」―― カトリック教会のNGOとして広く活動している機関。1913年ドイツのWerenfried van Straaten神父によって始められる。

 


シャバズ・バティ大臣シャバズ・バティ大臣(パキスタン政府の唯一のカトリック教徒だった。暗殺は2012年3月2日に起きた。この事件については、
http://www.radiovaticana.org/gia/articolo.asp?c=466665 を参照のこと)


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